ある日、軽井沢駅のみどりの窓口で、私は順番を待っていました。
窓口ではカップルが駅員さんに何やら相談していました。
どうもこみいった話のよう、駅員さんも懸命に対応しているのですが、なかなかはかどらない。
すると、突然スマホがしゃべり始めたのです。
「チカテツデカンダヘイキマス」
一瞬ビックリしました。「神田~??ここは軽井沢だけど~???」
次の瞬間、あ、日本人だと思ったけど、外国人だったんだ!と合点がいきました。
私はずいぶん昔のドイツ旅行を思い出しました。
あの頃、こんな便利なものがあったら、どんなに心強かったでしょう。
軽井沢駅で見かけた外国人カップルと翻訳アプリ
そのカップルが知りたかったのは、東京の地下鉄の切符を軽井沢駅で買えるかどうか、ということでした。
駅なのだから、東京の地下鉄の切符も買えるのではないか。
そんなふうに考えたのでしょう。
でも、JRと東京の地下鉄は運営会社が違います。
駅員さんは翻訳アプリを通して、そのことを説明し、どうすればよいかまで案内していました。
スマホを介して、言葉の違う人同士がきちんと意思疎通している。
「へえ、こんなことができるんだ!」
便利な時代になったものだなあと、感心してしまいました。
英語が通じると思っていたドイツで大苦戦
昔、私はドイツのデュッセルドルフに住む従姉妹夫婦を訪ねたことがあります。
海外一人旅に嵌まっていた頃の私は、英語の勉強と称して英国の小さな語学学校で学ぶ傍ら、あちこち小旅行をしていたのです。
数日滞在したあと、一人でレーゲンスブルクへ向かいました。
レーゲンスブルクは、池田理代子さんの漫画『オルフェウスの窓』の舞台になった街。
漫画を読んでいた私は、一度その街を訪ね、ドナウ川を見てみたいと思っていたのです。
ところが、ドイツで困ったのが言葉でした。
ホテルやレストランなら英語が通じるだろうと思っていたのに、英語で質問するとドイツ語で答えが返ってくることも。
もちろん、これは私が旅行した当時の話です。
電車の駅名を読むのに3倍の時間がかかった!
特に怖かったのが、電車で目的の駅に降りるときでした。
車窓から見える駅名を、必死に目を凝らして確認するのですが、ドイツ語の駅名は見てすぐには理解できません。
日本語なら一瞬で読める駅名も、外国語だと多少時間がかかります。
英語ならともかくドイツ語だとさらに3倍くらい時間がかかる感覚でした。
しかも「ö」のように、アルファベットの上に点が2つ付く文字は英語にはないので何と読むのかもわからない。
音が発せられないと時刻表とか見ても、すぐに目的の駅名にたどり着けないんですよね。
車内放送はあるのですが、早口のドイツ語なので何を言っているのかさっぱりわかりません。
一応、次の駅を知るための手がかりにはなるものの、最後に頼れるのはホームの駅名看板。
降り損ねたらどうしよう…。
知らない土地で、しかも一人旅。
電車が駅に近づくたびに、窓の外に目を凝らして看板を探していました。
幸い、目的地のレーゲンスブルクは「Regensburg」。
あの苦手な点々付きの文字がなかったのは助かりました(笑)。
今思えば、それも旅の思い出なのですが、当時は必死でした。
駅名の看板ばかり探していたので景色を楽しむ余裕もありませんでした。
私が英語のメニュー
レーゲンスブルクには2泊しました。
食事は多少高くついてもホテルでとろうと決めていました。
ホテルのレストランなら、英語のメニューがあるだろうと思っていましたので。
ところが、ない。
少し英語が話せるウエイトレスさんに「英語のメニューはありませんか?」と聞いてみると、返ってきたのは思いがけない言葉でした。
「私が英語のメニューです」
そう言うなり、料理について英語でペラペラ説明し始めたのです。
いやいや、そんなに早く説明されても、やっぱりわからない(笑)。
かろうじて聞き取れたのは「ミートボール」という単語だけ。
彼女は真剣に私の決断を待っていました。
もう、これにしよう!
えいやっと注文したら、運ばれてきたのはミートボール入りのクリームスープでした。
ああ、よかった。ちゃんと食べられそうなものが出てきた(笑)。
ソーセージやザワークラウトのようなドイツらしい食事ではなかったけど、パンは付いてきました。
ワインの辛口を意味する「トロッケン」というドイツ語は見事に通じて、美味しくいただけたうえにおかわりもできたので満足した記憶があります。
ただ、英語のメニューがないならホテルにこだわることはないと思い、二泊目の夕食は外に出てビストロのようなお店に入りました。
今考えると、女一人でかなり大胆な行動ですが、背に腹は代えられません。
飢え死にだけは嫌だったのだと思います。
ビストロはそんなにホテルから離れていないし、女性同士で食事している姿が見えたことも決断する後押しになりました。
そこは英語のメニューがちゃんとあったので安心して食事ができました。
一人だったので、食事が終わると少し手持ち無沙汰になりました。
そこで、なんとなく紙ナプキンを手に取り、鶴を折ってみたのです。
当時は、折り紙というと日本人ならではの特技のように思われるところがありました。
「ありがとうね」の気持ちを込めて、折り鶴をテーブルにそっと残し、ホテルに戻りました。
お店の人があの鶴を見て、どう思ったのかはわかりません。
でも、今でもその小さな折り鶴のことは覚えています。
翻訳アプリがなかった時代の旅も、悪くなかった
あの頃の私には、翻訳アプリもスマホもありませんでした。
ドイツ語の駅名とにらめっこし、レストランでは「ミートボール」という単語だけを頼りに注文する。
それでも、ちゃんと目的地にたどり着き、おいしい食事にもありつけたのです。
軽井沢駅でスマホがしゃべり出したとき、便利な時代になったものだと思いました。
言葉が違っても、スマホを通して会話ができる。私がドイツを旅した頃にも、こんな道具があったらどんなに心強かったでしょう。
でも、あの不自由な旅も、今では忘れられない思い出です。
もしあの頃に翻訳アプリがあったら、私はあのウエイトレスさんの「私が英語のメニューです」という名言を聞くこともなかったかもしれませんね(笑)。

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